Là bas

普段の日記

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ミャンマーの旅行日記

こんにちは。
7日から有休を消化して、ミャンマーへ旅行してきた。
ヤンゴンへの直行便から、翌日からはパガン周辺とポッパ山にも挑戦。
アジア旅行は何回もしているけれど、こんなに筋肉痛になったのは久々だった。
日頃の運動不足を痛感・・・。

初日は朝6時過ぎの成田エクスプレスで成田空港まで。
免税店で早速煙草を1カートン買ったり、化粧品を買ったりして
こんなんでミャンマーでお土産買えるのか?
と考えていたのはここまで。
現地の物価の安さで後々ぶったまげることになる。

ANAの飛行機は超快適で、映画見たりであっという間に着いた。
時差込みで約8時間ほど。
ヤンゴンと日本の時差は約2時間半。
ヤンゴン市内は結構都会で、日本の中古車やらがガンガン走ってる。
ただ鉄道網が機能していないので、すぐ渋滞になる。

向こうに着いたらすぐに夕飯。
初のミャンマー料理にドキドキしながら行ったけど、
油の量が多いくらいでそこまでトンデモナイ料理が出てくることはなかった。
やはりこの周辺は当たり前のようにパクチーが入っているため
苦手な人は無理だろうね。にんにくの量も多い。
恐らく肉や魚の臭みを取るためだと思われる。

初日のホテルは以前日光ホテルが監修していたため
超キレイで都会的な感じだった。
最初に部屋入った時は、冷房が効き過ぎて凍えるかと。
特にお湯が出ないとかそんなよくあるトラブルもなく、1日目は平和に終了。

翌日は国内便でパガンまで移動。
飛行機の時間が超アバウトな上、説明もよくないまま
いきなり離陸する割とデンジャラスな航空便。
命だいじに。
パガンはこっちでいう京都みたいな感じで、
遺跡、寺院がたーくさん残ってる。主に仏教遺跡。
京都と違うのは、圧倒的ド田舎ってこと。
ビル、そのほか都会的なものは一切ナシ。
というわけで、ヤンゴンと違って渋滞に巻き込まれる必要もない。
というか、道路脇には馬車が通ってる。

一番の目玉は三日目に登ったポッパ山。
777段の階段をひたすらのぼる。
ふくらはぎと太ももが完全に死亡しながらも、何とか登り切る。
途中で猿たちが食べ物ほしさに寄ってくる。

色々旅して思ったのは、現地の人たちは生きる=生活が直結しているということ。
いや、それは当たり前のことなんだけど。
たとえば私が働いている時に、誰のために、とか誰から給料もらってるんだっけ、とか
そういうことを見失いがちになる。
お金を稼ぐことは、日々の生活に欠かせないことで
それは贅沢をすることでもなんでもない、ただ生きるために日銭を稼ぐ。
それがわかりやすくて、働いている人たちはみんな生き生きして見えた。
良い風景を見たな、と単純に思った。そんな旅行。

内示が出まして

どうもこんばんは。
風呂上がりの一服しつつの記事です。

会社で内示が出まして、私はもちろん異動なんてあるわけないんですが
半年庶務を一緒にやった子がフロアに出ることになりまして。
せっかく仕事も覚えてもらえてきたのになぁ、と残念な気持ちでいっぱい。
次に来る人は、どうせ早番しか入れない人だし。
もうそういうこと考え始めると、本気で仕事辞めたくなります。
また1から教えるの、正直ダルすぎ。
庶務のことも会計のことも・・・もう自分でやったほうが早い。
教えてる時間が惜しい。
そうやって自分で仕事抱えて、いつか出社できなくなりそうです。
明日の仕事、行きたくない。

望むということ

夏の日射しが少し落ち着いてきた。
蝉の鳴き声より、ひぐらしの鳴き声が目立つ。
庭にトンボが舞い始めた。
あっという間に秋になり、そしてまた一年が終わってゆく。

以前にも増して私は単調な日々を送っている。
早番と遅番のサイクル。そのほとんどが遅番の中
帰りの電車では音楽を聞き、外界を遮断して独りごちる。
仕事の充実感がないといったら嘘になる。
けれどこの仕事をいつまで続けていられるんだろう、というぼんやりとした思い。
別に結婚したいとか、子供が欲しいとか、そういうことじゃない。
そろそろ、見慣れた風景に飽き飽きしてきたのだろう。
風景というのは、土地だけじゃない。
繰り返される日常そのものに。

前ならもっと日常を脱するチャンスがあった。
それは友人であったり、なんだかとにかく「時間」の概念に囚われることなく
興味惹かれる方へと歩み寄っていた。
なのに今の私は一歩もこの場から動けない。

仕事中にふと時計を見ると大抵「あぁ、もうこんな時間か」と感じる。
まだこれしか時間が経っていない、という感覚自体失われつつある。
何かに追われ、それから逃げるようにひとつ、またひとつと仕事をこなしてゆく。
こんな毎日、辛くはないけど楽しくもないがんじがらめ。

自分が何を望んでいるのか、落ち着いて考える空間が欲しい。
ゆっくりと胸に手をあて、考える。
そんなことすらかなわないこんな日常に、価値なんてない。

手術☆一日目

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       ↓

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まだまだと思っていたらあっというまに当日になってしまいました。
人生初の縫合手術・・・。
めちゃくちゃ緊張しました。局部麻酔は相変わらず痛くて涙ホロリ。
明日も午前中病院に行ってきます♪

夏の断片


夏が近づくと犬の散歩時間はたちまち遅くなる。
夕刻になり、それぞれの家から夕飯の良い匂いがたちのぼりはじめると
私は犬と共に外へ出かける。

今日最初に声をかけてきたのは近所のご婦人だった。
「あらまぁ、どこぞのお嬢さんかと思ったわ。綺麗になって・・・。
私の中で、あなたの記憶は小さい頃のままなのよ」
と目を細められた。
私はゆるやかに笑みをかえす。
どこの誰だったかな、とすこし考えてやめる。
犬は先へ先へと歩みたがり、私は一礼してその場をあとにした。

昼間に今年最初の蝉の鳴き声を聞いた。
緑がまぶしくなると、今年も夏がやってくるのだと感じる。
夕方になると昼間の日射しは影を潜め、
どこからともなく涼しい風が抜けていった。

人はどうして夏になると記憶を辿るのだろう、と。

この景色を何度も見たと錯覚する。
この日射しを幾度となく浴びて、風が抜ければ風鈴の音が鳴ると
人々はきっと思い込んでしまっている。
夏の景色がいつもぼんやりと薄く見えるのは、そのせいだ。
蜃気楼なんかのせいじゃない。
私もその景色に、たぶん組み込まれた1ピースにすぎないんだ。

家へ帰ると、私はバタリと畳に仰向けになった。
うっすらとした藺草の香り。
細かな段差に体をまるごとあずけ、私は天井を仰ぎみる。

ここに三人、川の字に布団をしいて寝ていたな。

大きくなっても私はなかなか一人で眠ることに慣れなくて、
夜な夜な二人の寝室へ戻っていた。
母は優しく布団をあけてくれた。

・・・私はまた記憶を辿っている。戻りもしない、あの日を思い出して
どうしたいというのだろう。
きっと夏が過ぎれば、また一年封じ込められる風景が
夏になると突然蘇るのは・・・。

多分、夏に鎌倉の家へ遊びにきていたからなんだろう。
おじいちゃんが氷を台所に飛び散らせながら
かき氷をつくってくれたこと。
庭に小さな菜園があって、トマトやらかぼちゃやら本当に食べられるのか
どうか怪しい食物が育っていたっけ。

私はあの日からどれだけの時間を過ごしてきたのだろうか。
本当は時間なんて過ぎていなくて、私の肉体だけが滅びているんじゃないか。

そう考え始めると、夏の夜は長くて、長すぎて終わらない。

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