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普段の日記

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微睡んだ呼応

人を好きになるのに理由なんているのでしょうか。
私はそれについて、浅くも、深くも考えたことがあります。
結論なんて、勿論出ませんが、きっと、人を好きになるということは、
「呼び合う」ことなのだと思います。
身体と心が、引き寄せられる、無数の法則がそこに成り立っているのです。

呼び合うことは、強制されてする行為ではないですから、
きっと無理をすれば簡単に破綻するのでしょうね。
それが恋愛と皆が呼ぶ甘美なものなのでしょうか。

恋とか、愛するとか、言葉にすると非常に薄っぺらいそれらを、
貴方はどれだけ経験しましたか。
本当は只の泥沼で、汚い人間の罵り合いの表面にある
美しいところだけを掬いとって、満足できましたか。

人を信じることは、神頼みと一緒です。
他人の行為なんて、結局誰にも分かりはしない。思考もそうでしょう。
自身のことですら、分からないことがあるというのに、
それを信じるなんて馬鹿げていると思いませんか。

でも、そうですね。
呼び合うことが出来れば、信じることなんて必要ないのかもしれませんね。
身を任せて夢を見れば、
いつもあなたがそこにいるような、錯覚があるのです。

微睡んだ夢の銀河を旅していく。
その瞳と唇。
それだけで何も、いらないと思えたのです。

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