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普段の日記

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人を考える


Stand Alone Complex
個人の無意識がネットを通じ、
不特定多数と接触することにより、
ゆるやかな全体の総意が形成され、またその全体の総意が個人を
規定するために発生する。

わからないでもない。

ネットを通じなくても。
個人なんていうのは無意識にかき消される。

例えば。
青い空に白い雲が浮かんでいるのは珍しいことではない。
気づいたとしても一瞬に過ぎなくて、別に何を感ずるでもなく
すぐ忘れてしまうことが多い。
だけど時々、私たちはかなり長い間、青い空に白い雲が
浮かんでいるのを見ていることがある。
頭に浮かぶ雲ではない何かほかの事に紛れて、
見ていることを意識せずに見ている場合もあるけれど、
青い空に白い雲が浮かんでいるという光景を、ただそれだけを、
意識と無意識のはざまで見ているということがあると思う。
そのように、青い空に白い雲が浮かんでいるということだけで、
私たちの心と体が占められているとき、私たちは個性という
ようなものを失って、みな同じ感覚に捉われているような気がした。

私は何かになりたいのでもなく、捉われたいのでもなく、
漂っていたいという願望が強いのかもしれない。
今日、明日、という「日々」と規定された、またその中の
「時間」という限りあるとされている流れの中で。

知りたいと思うこと。
理解したいと思うこと。
強く誰かを、想うこと。

感情の深層には、もっと凝り固まったその人の
「知識と経験の塊」
があってさ。
それからはなかなか逃れられないし、何と言うかそれが表に
出る人ほど世の中で「頑固」って言われるのかもね。

私はそういうものが存在してるって知りつつ、
本当は変われないって知りつつ、笑っていられたらいい。
人が変わるのって難しい。
無理に変わろうとなんて、しなくていい思うんだ。

だってさ、変わろうと思い始めた時点で、その人はもう
「変わってる」。
それだけで及第点じゃない。

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