Là bas

普段の日記

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熟す時間

途方もない闇の中に、たまに入り込んでしまうことがある。
「なんだかよくないこと」にずるずると引きずりこまれていく、
いや、本当は自らその闇に入り込もうとしているのかもしれない。

縁だとか、絆だとか、そういう形を意識したものは嫌い。
だけど本当はその要素がないとすごい不安になる。
矛盾しているね。
心のどこかで繋がっている、と思うことは幾分私を安心させてくれる。
だけどその分、感情の延長線上で争ってしまったことや、一瞬の諍いに
よって破壊されるものだとも思う。

なぜくどくどと考えてしまうのか、と悩む。きっと表情を想像して
会話することを忘れるからだ。
相手の顔、雰囲気、そういったもをひっくるめてのコミュニケーション
なのに、ただひたすらに声という音だけを聞こうとするから。

思考回路のパンク。
それを言い訳に私は、どこへ向かうというのだろう。
いつも逃げてきた。強情な自分を押し通してきた。
だって私は間違ってない。連呼をする。言いくるめようとする。
そんなの全部無駄だ。
無駄というより、意味のないこと。とても利益のないこと。
いつだったか、予備校の講師に言われた。

「付き合うっていうのはね、二人で手を繋いで歩いていくこと。
だから向き合って、何か争いをしていたら前に進めないね。だから
二人で前を向いて歩いていくんだよ」

私はその講師のことが嫌いだったけど、何でかこの言葉は
忘れられない。私はこのとき、もちろんすごい反発心を抱いたけど、
今はすんなり入ってくる。だって、その通りだから。

でも正確にはきっと向き合っている時間は、一緒に歩くスピードや、
歩き方を相談している時間なんだと思う。
そうしなきゃいけない。だからただの争いは、やっぱり利益のないことだ。

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